
TO VLEMMA TOU ODYSSEA
THE LOOK OF ULYSSES
ULYSSES' GAZE
![ユリシーズの瞳 [DVD]](https://m.media-amazon.com/images/I/51ApKW1QwjL.jpg)
どうにもならない時。
時間という物があるとしたら、その最先端で一番辛い時。
そういう時に出会うのは、こういう映画だったりする。
その先に一歩も進めない時が何年間も続いて、それでも止められないほど好きな事が目の前にあるのに、動けない時に、必ず助けが来る。
そういう映画の一本。
ものを作っている人なら、それが好きでやめられない人なら、心当たりがあるだろうと思う。
それは、スランプではなく、原点に還る時なのだということを痛いほど感じる時で、何も浮かばない時とは違う。
前にも後ろにも進めなくなったという状態でも、それをやめられない。
何かを作り出すことが止められないほど好きであればあるほど、原点に還るのが怖い。
この映画の「未現像のフィルム3本」は、自分の(瞳の)中にある。
だから、現像しなくても良いし、存在している必要さえない。
これから作る1本目、2本目、3本目が、きっとそれだからだ。
何かを創り続けていて、真っ白な状態に戻ることほど難しいことはない。
でも、原点に戻らなければ進めない時がある。
この映画の主人公と同じように、日本国外から(しかもその国はとても遠かった)日本に来た人が「原点に還る為」に来ていた時に話を聞いたことがある。
その人も、何かを作り出すことをしていた。
やはり、原点に還るために、それが必要だから、旅をしていた。
その人は、その人の国に帰った後に、私に作品を送ってくれた。
私は、その人の、それ以前の作品を知らない。
でも、その人が原点に還ることが出来たという事を伝えるために、その作品を送ってくれたことを、この映画を観てよく分かった。
その作品は、今も手元に大切に保管している。
その人は「原点に還っても、初心に戻っても、それまで積み重ねてきた技術は失われない。原点に還る必要がある時は、還らなければならない」と、別れ際に言った。
どれだけ回り道をしても、最初の一歩に戻らなければならないということを話された時、私はまだ、20代の半ばだった。
その人の言った事が痛いほど分かった今、私もこの映画の主人公(映画監督役)と同じように、原点回帰をする必要があったから旅をしていたのだと分かった。
私はここ数年、同じところにいても、ずっと旅をしていた。
何かを探していた。
それは、「原点」だった。
あの、ただただ無心になれるその瞬間を探し当てるのに、数年掛かった。
いや、数年ではないかもしれない。
5年以上だったかもしれない。
時間というものが存在するとするならば。

ちなみに「世にも不思議なアメージング・ストーリー」の中の「亡き妻の肖像・・霊が棲む画」も、同じように「あなたが作れば、そこに、あなたの望んだものが現れる」という内容だった。
原点に戻らなければならない時は、いくつかの事が重なる。
GO という知らせは、動き出すまで何度でも現れる。
コメント
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コメント・メッセージありがとうございます。
お返事は、ほぼ遅くなると思います。
ご容赦ください。
電子うさぎ・拝